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■ 正義感と人間関係 ■
2014.12.15
 これはA高校での出来事です。ある日のこと元公務員の警備員が、校則違反について何回も謝っている生徒を教師が激しく叱り続ける場面に遭遇しました。警備員は「生徒が素直に謝っているんだから許してやったらどうだ。それを叱り続けるのはけしからん!あんたには教師の資格がない!」と教師を激怒したのです。教師は憮然とした態度でその場を立ち去りました。さらに警備員は校長や他の教職員の前でその教師のことを「教師の資質に欠けている。教師をやめさせるべきだ」と強く抗議したのです。校内は重苦しい空気に包まれました。これは「校則は守るべきだ」という教師と「謝る生徒は許すべきである」という警備員の正義感がぶつかることによって生じた現象です。
 職場においても、遅刻した部下に「何か事情があったの?」と穏やかに聞く上司と、「遅刻をするなんてけしからん!」「社会人としての自覚に欠けている!」ときつい語調で部下を叱りつける上司がいるとします。前者の場合は上司部下関係が穏やかで豊かなものになり職場の活性化につながりますが、後者の場合だと両者の不愉快な思いが職場の空気を暗くさせ仕事への意欲を損なわせることになるのです。
 哲学者のプラトンは「国家の調和をもたらすための責務を遂行することが正義である」と述べているように、正義については古くからいろいろと言及されています。近代では、「社会の秩序を保ち社会の成員の自由と平等を守り社会全体の幸福を維持することが正義」とされるようになりました。しかしどのような正義に基づいた行動であっても、穏やかな感情でなされれば豊かな人間関係を築くことができますが、不満や怒りなどの不快な感情を伴うと人間関係を破壊することになりかねません。上記の例のように、生きる基準となる価値観がその人にとっていかに正しくまた相手のためと思っても、そのときの感情の如何によっては対人関係に障害をもたらすことになりうるのです。これは良好な人間関係にはそれぞれのものの考え方だけでなく、互いに交流する感情が大きく作用することをものがたっています。
(森 正博)
五月病
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