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○泣きくずれる元公務員
2015.9.4
 60歳でつつがなく定年を迎えた元公務員が男泣きで以下のことを訴えました。
 彼は現役のときはひたすら家族のためと思って仕事に打ち込んできました。酒もたばこも女遊びもせずギャンブルにも手を出しませんでした。自分の欲しい物も家族のために少しでもと思い買うことを我慢してきました。給料の一部をくすねてヘソクリをする同僚を傍らに彼は給料を全額妻に渡しました。これだけ家族のことを思って一生懸命仕事にうちこんできたので、家族は自分の家族への思いを十分理解してくれているものと思い込んでいました。当然、退職すれば家族から「長年家族のために働いてくれてありがとう」「ご苦労さんでした」「お疲れさんでした」と感謝とねぎらいのことばをもらえ暖かく家庭に迎えてくれるだろうと期待していました。ところが実際に退職すると、家族からは感謝の言葉がないだけでなく、翌日から家族の誰一人彼と視線を合わせることもなく言葉を交わすこともなく、彼にとってはまるで「粗大ゴミ」のような扱いを受けるようになったのです。彼にはこのような家族の態度がさっぱり理解できなかったのです。彼は情けないだけでなくやるせない思いから全身が虚脱感に襲われ泣きくずれたのです。
 妻と社会人になっている息子から証言が得られたことよりその背景にあった理由が明らかになりました。妻によれば、夫は間違いなくクソ真面目と言えるほど真面目人間でした。しかし休日に子どものことで相談をもちかけても「仕事で疲れているからお前が何とかしろ」と言われるだけで相談にのってもらったことがありませんでした。彼女にとって彼は夫ではなくただ単なる同居人に過ぎなかったと語ったのです。一方、息子の話では、子供のとき休日にキャッチボールの相手を頼んでも「父さんは仕事で疲れているから誰か友達としてきなさい」と言われキャッチボールの相手にもなってくれなかったと。彼にとっては父親不在の家庭だったのです。さらにこの家族は父親の「仕事で疲れているから」という理由で家族旅行に行ったことは一切なかっただけでなく、ピクニックも遊園地も動物園も水族館にも家族と一緒に行ったことが全くなかったのです。
 彼は家族のためを思って一生懸命働いてその思いが家族に通じると思い込んでいました。
 しかし彼には家族とともに喜び・楽しみ・くつろぎ・安らぎ・慈しみ・愛するなどの感情を交流する時間が欠落していたのです。これが苦労の連続だった仕事から解放されて、待ちに待った家族と楽しく過ごし悠々自適の老後を送る夢がかなえられるという思いが打ち砕かれた原因だったのです。人間関係を築くにはそれぞれのものの考え方は大きな要素ですが、それ以上に感情の交流の在り方がいかに大事であるかをものがたっています。
(森 正博)
感情の動きと環境
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